グループCの安全規定が変更(ドライバーのつま先がフロント車軸より後ろになくてはならない)されたことにより、ポルシェ・956は1987年以降は出場できなくなり、この規定に沿ってモディファイされた後継モデルのポルシェ・962Cにその座を譲り渡した。
レースにおいては、1982年〜1985年にかけてル・マン24時間レースを4連覇するなど、圧倒的な強さを誇った(特に1982年のレースでは1~3位を独占、またロスマンズカラーのボディも話題となった)。当初はポルシェのワークスチームのみで使用されていたのですが、後にプライベートチームに対して市販されたことから、ヨーロッパや日本、アメリカのプライベーターが多数使用した。
またニュルブルクリンク北コース L=20.830Km(1983〜1984年)での絶対コースレコード、6分11秒13は、1983年のニュルブルクリンク1000kmレースのフリー走行中にこの車で記録されたものです。
1/43 ポルシェ 956LH KENWOOD #21 '86 LE MANS (hpi)
ポルシェ956は、1980年初頭はル・マンにおいてプライベートチームの台頭が目立ち「JOEST」と共にワークス勢を脅かした「TEAM KREMER」。その「KREMER」が投入したブルーの21号車は83年にワークス勢の中で唯一プライベーターとして3位に輝いたマシン。アンドレッティ親子がドライブしたことでも有名です。
1982年に投入されて以来、輝かしい成績をうち立てていた956は、83年から有力プライベートチームに供給されました。中でもR.ロイドレーシングチームのキヤノンカラーのマシンは、1985年のル・マン24時間レースにおいて序盤でトップを走り、総合で2位を獲得して注目を集めたのです。
耐久レースで無敵を誇ったポルシェ956の発展型として1985年に登場したのがポルシェ962Cです。水平対向6気筒ツインターボエンジンは全水冷になり、ホイールサイズを拡大するなど各部を改良。1987年のニュルンベルク200マイルレースに参戦したワークスマシンはシェルカラーで仕上げられていました。

